約 489,306 件
https://w.atwiki.jp/th_izime/pages/206.html
ご覧になりたいスレをお選びください。 俺×キャラ 霖之助受け:1スレ目
https://w.atwiki.jp/toho_yandere/pages/649.html
「○○君、実はね、僕は女の子だったんだ」 「…………」 「夢を叶えるためにはこうするしかなかったんだよ」 「……………」 「昔は女性への風当たりが強くてね、女性の姿じゃ修行を受けれなかったんだ」 「だがこうして男性の姿になることで店を開くという夢も叶えられた」 「けれど君を好きになった時、どうにも自分が女であることを伝えられなかった」 「いつまでも君との関係を保ちたいという思いもあったのかもしれないが」 「少々荒っぽい告白となってしまった、すまない」 「………それでこうして俺を気絶させて縛りあげたのか…」 「本当にすまなかった…けれども君への思いは本当なんだ」 「今更そんな… ん…?意識が…」 「言い忘れていたがさっき君にとあるクスリを飲ませたんだ 君は少々落ち着きすぎだからね、ちょっと激しくなってもらうよ」 「ハァ…ハァ… りん…の…助… なんで服を脱ぐんだ…?」 「そんなこと言わせないでくれ仮にも僕は女性なんだから、な?」 そう言うと霖之助は白く美しい身体を露にした そして眼鏡を外し某大怪盗ばりの変装マスクを剥すと、ボーイッシュな美しい女性の顔立ちへ変貌した しばらくし○○の緊縛が解け、押し倒した。 女性特有の微かな良い香りが今にも○○の本能を露にさせようとしていた… 霖之助に流され爛れたKANKIN生活を送るか! 自分の欲望に打ち勝ちこの試練を乗り切るか…! どうする○○~(某CM風
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/177.html
外の世界で幻想と化した物が、最終的に行き着く幻想郷。 だが幻想郷に来るモノは、物ばかりというわけでもない。 【偶然が重なった必然】 魔法の森にある店、香霖堂。 この店の店主こと森近霖之助は、今日も商品を仕入れに無縁塚へと赴いていた。 普段は一人で黙々と進むはずの道中だが、今日は珍しく霖之助に話しかける者がいる。 「いつもこんな道を歩いてんのか……? もやしっ子だと思ってた香霖も結構体力あるんだな」 声をかけたのは、人間の魔法使い、霧雨魔理沙。 霖之助の昔なじみにして、香霖堂の儲けにならない常連である彼女。 一度くらい見ておいても損はないだろう、と言ってついて来たのはいいが、すでにその疲れを隠そうともしていない。 「僕としては、どこへ行くにも足を使わないで飛んでいく君や霊夢のほうがよほど不健康だと思うんだがね」 「その分弾幕ごっこで汗を流してるから問題ないぜ」 こんなやり取りもいつものことだ。 無縁塚に到着した霖之助は、早速落ちているものを吟味し始める。 たまごっち。これは一時期随分な数が落ちていたが、今ではほとんど見ることはない。 似たように、かつては大量に仕入れていたが、今では見かけなくなったものが目に付く。 これらはすでに大量に在庫があるため、目をくれることはない。 なにか珍しいものや新しいものはないか。 そう思って探していた霖之助だったが、 「うわっ!? なんだなんだ!?」 魔理沙の声で探索を一時中断することになる。 「どうかしたかい? 魔理沙」 「こ、香霖! い、い、今なんか変な声が聞こえたんだ!」 よほど驚いたのか、尻餅をついたまま虚空を指差す魔理沙。 「とにかく落ち着くんだ魔理沙。それで、どんな音が聞こえたんだい?」 「あ、ああ。なんか歌声みたいな感じだったぜ。時計がどうとか……。 あ、気をつけろよ香霖! ちょうどその辺だ!」 歌と聞いて、霖之助の記憶にピンと来るものがあった。 魔理沙が言う場所に立ち、必死に止めようとする魔理沙を手で制して耳をすませる。 ……今は……もう……動か…… 確かに聞こえた。が、これは別に驚くようなことではない。 魔理沙を安心させるべく、霖之助は口を開いた。 「そうか、魔理沙は知らなかったのか。 それなら無理もないが、これは別に怖がることじゃないよ。 最近はあまりなくなったが、これは歌が幻想入りしているんだ」 「歌が幻想になる? 誰もその歌の存在を知らなくなったってことか? そんなことがめったにあるとは思えないんだが?」 「まあ最後まで聞きたまえ。 そもそも歌というのは元となる歌詞や音程が一緒でも、歌い手によってかなり印象のかわるものだろう? 声の高い人が歌うのか、低い人が歌うのか。歌いやすいリズムや抑揚だって違ってくるだろう。 かつてはある代表的な歌い手のものとして認識されていた歌が、世代交代やその歌い手の死などによって新たな歌い手の ものとなる。 時が経つにつれ、以前の歌い手がどのようにその歌を歌っていたのかを覚えている人間は減っていく。 そうして忘れ去られた、『かつてそれが標準だった歌い方』が幻想となって無縁塚に訪れるんだよ」 「はあ、なるほどな。それにしても人騒がせな幻想入りだぜ」 「まあそう言うものじゃないよ。結局のところ、これらの歌もほとんどが誰の耳に届くこともなく消え去っていくんだ。 むしろ、誰かが一生懸命歌っていた、そんな歌の最後に立ち会えてよかったというべきだろうね」 結局その日はたいした収穫もなく、霖之助も魔理沙も自宅に戻ることになった。 その夜、霖之助はなかなか寝付けなかった。 理由は明白。昼間無縁塚で聞いた歌が気になるのだ。 『今はもう動か……』、ここまで聞こえたその歌。 おそらくこの後、動かない、と続くのだろう。 幻想入りするほどに人々に親しまれた歌。その歌は、何かしらの道具が壊れたことを歌っている可能性が高い。 一体何についての歌なのか。最終的にこの歌はどういう結末を迎えるのか。 道具を扱う者として、知識人を自称する者として、あの歌が気になって仕方がない。 ……ダメだ。 夜中に歩き回るのは危険だが、あの歌を知らないまま生きていくほうがよほど体に障る。 決心したら後は早い。最低限の用意を済ませ、霖之助は無縁塚へと急いだ。 「確か……この辺だったな」 昼間と夜中とでは、同じ景色でも印象ががらりと変わるものだ。 数十分間かけて捜し歩いた後、ようやく霖之助は歌の聞こえる場所を探り当てた。 ……嬉しい……ことも……悲しい……ことも…… 低い男の声だ。 歌詞からすると、どうやらまだ歌の途中。 座り込んで目を閉じ、なんとか聞き取れる程度のその歌に耳を傾ける。 音は昼間よりやや小さくなっていた。明日には消えているかもしれない。 間に合ってよかったという安堵と、丸1曲聞き取れるだろうかという焦燥。 その2つの想いが、より霖之助の聴覚を鋭敏にする。 一旦歌が途切れた。 おそらく後半部分だったのだろう。ある人物の死期を悟った時計が、その逝去を告げたという歌。 さあ、これから前半だ。 どういう経緯でこの時計がその人物と知り合ったのか。 誰かから送られたのか。自作したのか。ふと気に入って購入したのか。 少なくとも言えることは、この人物は時計をとても大切にしていたということだろう。 でなければ、主の死に反応するなどという芸当には到底至らない。 それから数分が経過した。 しかし、一向に歌が始まる気配はない。 まさか、今のが最後だったのだろうか。 昼間もっときちんと聞いておけばよかった。 いや、せめてあと何分か早く店を出ていれば……。 悔恨で折れそうになる心を何とか保ち、霖之助はひたすら待ち続ける。 ……大……きな……のっぽ……の…… 聞こえた! 音の大きさから言って、正真正銘これで終わりだろう。 待っていてよかった。それとも、最後の聴衆に応えてくれたのか。 とにかく、これがおそらく最後のチャンスだ。 一字一句たりとも……聞き逃してなるものか……! ……そ……の……と………け…………ぃ…………… この歌の最後の1回が、今終わった。 先ほど聞いたのはやはり後半部分だったようだ。 全部通して聞いてみれば、実にありふれた内容と言える。 主と共に産声をあげ、常に人生を共にした時計。 大切にされた時計は、最初だけではなく、その最後までも愛する主と共にした。 よくある話。 大事に使い続けた道具が、魂を持つという話。 日本ではままある話だ。 それなのに……どうして…… こんなにも涙が止まらない…… 頬を伝う涙と閉じた目をそのままに、霖之助は考えを巡らせる。 おそらく、あの歌にこめられた想いが、自分の心を打ったのだろう。 低くて包み込むような、熟年の男の歌声。 名を知る由もないが、この歌い手が心底敬意を払って歌っていたことが伝わってきた。 惜しいことだ。あれほどの歌い手が、外の世界では幻想と化したとは。 いや、それは違うか。 外の世界では、おそらく新たな歌い手がこの歌を歌っているのだろう。 その新しい歌い手は、自分が今聞いた歌い手に勝るとも劣らぬほどに、この歌を愛しているに違いない。 ならば、先ほどの歌い手が幻想になったとしても、嘆くことはない。 想いを引き継ぐ者がいてくれるのだから。 真相はわからないが、これほどの歌が簡単に忘れ去られるとは思えない。 と言っても、自分にできることは外の世界の人間たちを信じることだけだが。 そして、霖之助はそっと目を開けた。 徐々に暗闇に慣れた目が、周囲の景色を映し出す。 その視線の先、こうして腰を下ろしていなければ見逃していただろう位置に、あるものが見えた。 「あれは……もしや」 近づいてみると、それはいわゆるGrandfather Clockと呼ばれる、成人男性より大きな振り子時計。 年季こそ入ってはいるが、傷はよくみなければわからない擦り傷程度。表面はきれいに磨かれ、異様な程に高水準の保存状態といえた。時計の針は12時59分を指している。 偶然にしてはあまりに出来過ぎなこの状況。 興奮に震える手をそっと当て、この時計の名を調べる。 「……『おじいさんの古時計』。やはり……そうなのか?」 もし、できることなら手元に置きたい。 値打ちがどうのこうのという問題ではなく、この時計がまさしくあの歌の時計ならば、こんなところで朽ち果てさせるわけにはいかない。 手を優しく当てたまま、そっと時計に話しかける。 「……もし、君が良かったら、僕の店でまた時を刻んでくれないか……? あれほどの想いが籠められた君に、僕の人生を見守って欲しいんだが……」 言った後で我に返る。 物言わぬ時計に話しかけるなど、自分は何をしているのだろうか。 例え魂が宿っていたとしても、積極的にはそのことを悟らせないだろうに、と だがその時、 カチッ ボオォォーーーーーーーンンン…… 時計の針が確かに動き、時を告げる音が響き渡った。 振り子は動いていない。 ましてやねじなど巻いていない。 霖之助は、ただそっと触れただけだというのに。 「……は、はは、はっはっはっは!」 考えてみれば、昨日から今までの経緯は異常だ。 たまたま連れてきた魔理沙が、幻想入りした歌を聞きつけた。 ほんの一節しか聞いていない歌が気になって仕方なかった。 先延ばしにせずに来てみれば、消え行く歌の最後の1回に間に合った。 目を開ければ、普段なら見逃してしまいそうな位置にある時計が目に入った。 そしてこれだ。 動かぬはずの時計が、まるで霖之助の呼びかけに応えるかの如く一度だけ音を上げた。 これはもう偶然なんかではない。いや、偶然であってなるものか! 彼は僕のもとに現れるべくして現れたのだ! ならば僕も応えよう! 誠心誠意を持って君を整備し、この命尽きるまで君と共にあろう! 霖之助の笑い声が、いつまでも無縁塚に響いていた。 そうして、その時計は香霖堂で再び時を刻み続ける。 新たな主も、その時計を大事にし続けた。 そんなある日。 「それにしても、こいつはこの店に似合わず随分立派なものだな。 一体どこでこんな逸品を見つけてきたんだ?」 「ん? この大時計かい? コレは外の世界に住む、ある人物が――――」 あんなに誇らしそうに話す霖之助は後にも先にもなかったと、後に慧音は語った。
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/175.html
「まったく……裁くべき死者が全然来ないではないですか。 小町は仕事を何だと思っているのでしょう……」 ぼやきつつ足早に歩くのは幻想郷担当の閻魔、四季映姫=ヤマザナドゥ。 今日もまた説教フルコースかと呆れながら、部下の死神小野塚小町の元へ急ぐ。 「小町! いないのですか!? 小町ーーー!!」 見渡せども赤毛のけしからん胸を持つ部下は見つからない。 さてはまた幻想郷へふらふらと遊びに行ったか、そう当たりをつけた映姫だったが、ふと、服のすそを引っ張られていることに気付いた。 視線を下げると、2~3歳くらいの少女がこちらを見上げている。 はて、肉体を保ったままここまで来る死者がいただろうかと考えた映姫だったが、その少女にどうにも見覚えがあるように思えて仕方ない。 赤く、両脇で括られた髪。 つり気味の大きな目。 そして着ている服はサイズこそ違えど、死神の制服そのものだ。 「まさか……」 浄玻璃の鏡を取り出し、この少女の数日前を見る。 そこに映し出されていたのは紛れもなく、昼寝をする不真面目な部下の姿だった。 【いつの日か】 ここは魔法の森の入り口にある店、香霖堂。 店主の森近霖之助は、今日も今日とて閑古鳥が鳴く店内をみつめ、まあ静かに本が読めるなら良いやと商売人失格な事を考えていた。 すでに店を繁盛させることは諦めたらしい。 「……そろそろ昼食でも作るとするか」 時計を見た霖之助が腰を上げようとしたその時、店のカウベルが来客を告げた。 「……失礼します」 「おや、これは珍しい。閻魔様がどういったご用件で?」 そこまで言ったところで、霖之助は映姫の足に隠れてこちらを伺う小さな少女を見つけた。 霖之助が良く知る彼女をそのまま小さくしたようなその姿。 これはもしや――! 「おめでとうございます」 「はい?」 心当たりもないのに祝福されて目を丸くする映姫。 「いや、その子はどう見たって小町の子供でしょう。 いま何歳です? こんなに成長するまで教えてくれないとは水臭いじゃありませんか。 そうと知っていればお祝いの品くらいは進呈したものを。 父親は誰です? たしか職場は女ばかりと以前小町がぼやいていたはずですが。 それともまさか閻魔は女同士で子供を成す奇跡を」 「喝!」 一先ず黙らせることにした。 信じてもらえるかどうかはわかりませんが、と前置きして映姫は事情を話し始めた。 いつの間にやら小町が子供になっていたこと。 いつどのようにしてなったのかは浄玻璃の鏡でもわからないこと。 閻魔王に相談した所、とにかく部下を何とかしろということで、映姫はしばらく休職、他所の閻魔や死神が職務を代行してくれていること。 「それで、原因はおろかどうすれば元に戻るのかもわからない、と」 「ええ、閻魔たちもお手上げです。永琳殿のところを訪ねてもみたのですが、とにかく様子を見るしかないと」 「……それでなぜ僕のところに?」 少しうろたえたように見える映姫だが、すぐいつもどおりの口調で応える 「そ、それはですね。 い、いろいろ回ったのですが、どこに行っても小町がぐずってばかりで。 ほとほと困り果てていたところ、以前小町がこの店のことを褒めていたのを思い出したんです。 ここなら年齢が変わったといっても過ごしやすいのではないかと」 「なるほど……。まあ閻魔様の頼みを断るわけにもいきませんね」 こっそり安堵する映姫には気付かぬまま、しゃがみこんで小町と視線の高さを合わせる霖之助。 「こんにちは」 普段の仏頂面からは予想もつかない優しい笑顔に、映姫の胸がドキリと跳ねる。 映姫の足に隠れていた小町は、しばらく霖之助と見詰め合っていたが、害はないと判断したのかトコトコと歩いてきた。 霖之助がそっと両手を差し出すと、意図を察した小町も両手を霖之助の顔に向けて伸ばしてくる。 その脇に手を当てて抱き上げると、霖之助の首にかじりついてきた。 「随分と懐かれるのが早いですね」 「昔は魔理沙の子守もしていましたから」 「ふふ、なるほど。それは頼もしい限りですね」 映姫はふわっとした笑みを浮かべる。 そういう笑い方もできるのかと、霖之助は彼女の評価を少々上方修正することにした。 迷惑だと思ってはいたが、閻魔の意外な一面を見ることができたからよしとしよう。 「それでは、小町ともどもお世話になります」 「……閻魔様も家に滞在するんですか?」 単に予想外だったために漏らした言葉だったが、映姫は違うように受け取ったらしい。 「あ……。 そ、そうですよね。私みたいに口やかましいのがいたら、お、落ち着かないでしょうから。 できれば上司として見届けたかったんですが、店主殿にこれ以上迷惑はか、かけられませんし。 失礼します……」 明らかにしょげ返る映姫。 その姿を見るに見かね、また自分の発言に対する誤解を解くべく、とぼとぼと遠ざかる背中に声をかける。 「そんなあからさまに肩を落とさなくても、別に嫌がってるわけじゃありませんよ。 僕のほうは構いませんから何日でも滞在してください。 引き受けた以上は、閻魔様だけ帰れなんて狭量な事は言いませんから」 「……いいんですか?」 「男に二言はありませんよ」 喜ぶ映姫。 霖之助は思っていた以上に感情豊かな映姫を微笑ましく見ていた。 内心では、責任感が強いんだなあなどとピントのボケたことを考えていたが。 とりあえず、小町は随分と小さくなったため、映姫を母、霖之助を父として見るかもしれない。 よって、霖之助は映姫に敬語を使わないこと、お互いに名前で呼び合うことにしたい。 そんな映姫(赤面)の提案に霖之助も異論はなく、この案は無事採択された。 ちなみに映姫は普段どおりの口調でいくらしい。 「さて、お世話になる以上は遊んでもいられません」 閻魔は基本的に寮に入っているので、普段家事をすることはないが、だからといって何もしないわけにもいかない。 まずは昼食を作らせていただきます、と割烹着を着た映姫は台所に入っていった。 小町はあちこち連れまわされて疲れたのか、霖之助の膝の上ですやすやと眠っている。 しっかりものの映姫の事。さぞ手の込んだ食事を作るのだろうと思っていた霖之助だったが、 「あ痛っ!」 「ふーっ、あ、え!? ゲホッ! ゲホっ!」 「っ! しょっぱ……!」 などと不穏当な声が聞こえた上、 「きゃあああああーーーーーっ」 ガラガラガシャーン と、どこのドジっ子だと言わんばかりの音が鳴り響き、ため息混じりに救急箱を取りに行った。 「やったことがないならそう言えばいいだろうに……」 「うう、すみません」 かまどの灰をかぶって頭が白くなった映姫は、包丁でつけた手の傷を霖之助に手当てしてもらっていた。 「店の食材や道具のことはこの際どうだっていい。 しかし、痕の残るような傷がついたり、熱湯をかぶってしまったりしたらどうするんだい? ……真面目なのはいいけど、もっと自分を大切にすることだ。 どうせ仕事でも体を酷使しているんだろう?」 「……弁解の余地もありません」 小町は先ほどの音で目が覚めてしまったらしい。 映姫を心配しているのか、霖之助の手当てをそばで見ていた後、トテトテと映姫に近寄って頭をナデナデし始めた。 その様子があまりにも微笑ましくて、ついつい霖之助は笑い出してしまう。 「ははは。優しいいい子じゃないか。 今ので小町の手にも灰が着いてしまったし、今日は随分歩き回ったんだろう? 2人で風呂に入ってくるといい。 僕はその間にここを片付けておくよ」 「はあ……」 小町の頭を洗いつつ、ため息を漏らす映姫。 その声が聞こえたらしく、こちらを心配そうに見上げる小町に、ううん、なんでもないのよ、とあわてて声をかけつつ笑顔を返す。 「はい、おゆをかけますよ~。おめめぎゅ~っ。」 言われるままに目をぎゅっとつぶる小町。 普段もこれくらい言うことを聞いてくれればなあ、と思いつつ優しく湯をかけて、2人で湯船につかる。 手の傷が気になったが、ばんどえいどという外の世界の治療具をつけているから問題ないらしい。 よし、失敗してしまったものは仕方ない。できることをできるだけやっていこう。 小町と一緒に、いーち、にーい、と10まで数えつつ、映姫は決心を新たにするのだった。 風呂からあがると、台所は完璧に片付いており、なにやらいい香りまで漂っていた。 「おや、上がったみたいだね。時間がなかったからうどんにしたんだが、よかったかい?」 どうやら昼食まで用意してくれたらしい。 ありがたいやら情けないやら複雑な心境でお礼を述べる映姫。 小町はいつの間にかちゃぶ台の上に手をついて、おおーっという顔で目をキラキラさせている。 「子供の味覚は成人より敏感という話を聞いたことがあったから、小町の分はやや薄味にしておいたよ。 つゆの温度も調節してあるから、火傷することもないだろう」 「霖之助。正直私はあなたを低く見すぎていたようです」 ここに来てから自信がガリガリと削られていく映姫だった。 「美味しい……」 「それはどうも」 一口食べてみたが、見た目や香りだけではなく、味も素晴らしいものだった。 ただのうどんであるからこそ、その腕のよさが伺える。 「ああ、ほら小町。こぼれるから慌てて食べないの。 ほら、お口むけて……はい、きれいきれい」 「まだ箸が苦手なようだね。食べさせてあげてもいいかもしれない」 「いえ、それではいつまでたっても上手く使えるようになりません。 どれだけ不器用でも自分で食べさせませんと」 小町は明日にも元に戻るかもしれないというのに。 すっかりお母さんになっている映姫と交わした会話に笑みがこぼれる霖之助。 「……何かおかしなことを言いましたか?」 「ああ、いやいや。気を悪くしたのなら済まない。 ただ、なんとなく本当に家族みたいだなあ、と思ってね」 「なっ……!」 顔を赤らめる映姫。 家族。ということは子供は間違いなく小町。すなわち霖之助と自分が夫婦だということで。 一方の霖之助も、まさかこんな軽口で動揺されるとは思っていなかったらしく、二の口が告げない。 固まってしまった2人を不思議そうに小町が見つめていた。 動かない2人がつまらないらしい小町に突っつかれ、映姫と霖之助は意識を取り戻す。 霖之助は小町を連れて店番に戻り、映姫はなにか家事をしようとあれこれ働くのだが、慣れていないせいかどうにもミスが多い。 掃き掃除は丸く掃いたためか部屋の四隅にゴミが残った。 拭き掃除は雑巾を一度も洗わないという快挙によりむしろ汚れた場所まである。 洗濯物は干しに行く途中でひっくり返してやり直し。 縫い物は料理の件から霖之助に断固反対される。 最終的には、霖之助に見てもらいながら店の商品を拭いたり並べたりすることになった。 「『いえ、そうとも限りませんぞ黒魔術師殿』声をかけたのは執事服を着た銀髪の……」 小町は霖之助が拾ってきた本を読んでもらっている。 耳に入るたびに子供に聞かせる内容ではない気がしたが、小町としては面白いらしく真剣な顔で聞き入っている。 まあいいか、と息を吐くと、すでにズタズタのプライドを何とか守るべく、映姫は自分にできる唯一の仕事をこなしていった。 夕食をとり、風呂も済ませて就寝の時間となった。 最初は映姫と小町が霖之助と別の部屋で寝る予定だったが、小町が泣きそうな顔になるため、3人川の字になって寝ることになった。 「小町はもう眠ったようだね」 霖之助の腕を枕にして眠る小町。 「すみません……迷惑をかけどおしで」 無理やり押しかけたうえに、家事すらまともにできなかったことが心苦しいのだろう。 映姫は霖之助に謝罪するが、霖之助が気にした様子はない。 「あれくらいは迷惑のうちには入らないよ。 むしろ、久しぶりに賑やかさを楽しむことができた。 いままでそんなつもりはなかったけど、子を持つのも悪くはないかな」 「そ、そうですか? ……なんでしたら私が……」 「? 後半が小さくて聞こえなかったんだが」 「い、いえ、なんでもないです!」 流石に今の自分がそんなことを図々しくも言えない。 もっと料理や洗濯の修行をしよう。 とりあえず今日はこれで我慢。 「よいしょ……っと」 小町の頭を二の腕に乗せている霖之助の手を伸ばし、前腕部分に自分の頭を乗せる。 「な……何を……?」 「小町を見ているとなんとなくやりたくなったんです。重かったら止めますが……」 そんな悲しそうに言われて、じゃあやめてくれとは言えない。 「わかったよ。今日は曲がりなりにも僕らは家族だ。好きにするといい」 「ええ、お願いします」 まあこういうのもいいか。今日はなんだかんだで楽しかった。 さっき映姫に言ったように、子供を持つのはいいかもしれない。 そうなると妻を娶るということだが……。 自らの腕を枕にする映姫を見る。 どうかしましたか? という感じで笑いかける映姫に少し鼓動が早くなった。 何を考えているのか。自分を戒めるが、気が付けば映姫と店を切り盛りする将来を幻視する自分も確かにいる。 ……まあ、前向きに検討してみるとしよう。 なにやら妙な音が聞こえたような気もしたが、今の霖之助にはどうでもいい。 映姫も霖之助も、それから間もなく意識を手放した。 「な、な、ななななな」 次の日起きた映姫が見たものは、体が元に戻ったせいで半裸になった小町に抱きつかれて眠る霖之助の姿であった。 「それでは、1日ですがお世話になりました」 「いや~すまなかったね。よくわかんないけど迷惑かけたみたいでさ」 「昨日も言ったが、僕としてはなかなか楽しい一時だった。気にすることはないよ」 朝の騒動も落ち着き、映姫と小町は帰ることになった。 「また来ておくれ。君たちなら歓迎する」 「はい、必ず」 「もちろんさね」 また、近いうちに訪れよう。映姫は思う。 これからはちょくちょく通ってくれるだろう。霖之助は思う。 少しずつ仲良くなって、もし相手が了承してくれたら、いつの日か本当の家族に。2人は思う。 今度は本当の子供を、いつの日か。 「いや~しかし大変な一日でしたね」 「霖之助はああ言っていましたが、迷惑をかけたことには変わりません。今度お詫びをしなければなりませんね」 そう漏らす映姫に向かって、にやにやと笑い出す小町。 「いや~しかし、『おめめぎゅ~』なんて言葉を映姫様の口から聞けるとは思いませんでしたよ」 先ほどまでの済ました顔はどこへやら、ものの見事に赤くなる映姫。 「なっ……あなた……覚えて……?」 「そらもうばっちりと。しかもあたいがぐずるから香霖堂へきた? 真っ先に霖の字のところへ行って何度も深呼吸してから入っていったくせにぃ。 新妻みたいで可愛かったですよ、お 母 さ ん」 そこまで言うと耐え切れず爆笑する小町に、わなわなと震える映姫。 「こっ……小町ぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!」 結局閻魔王達にまで噂が広まり、『祝言はいつだ』が映姫に対する挨拶として公式に認定されたことを、霖之助は知る由もなかった。 またこの数日後、 『驚愕! 閻魔に隠し子!?』という見出しと共に、映姫と子供(小町は良く映っていなかった)に腕枕する霖之助の写真が文文。新聞に掲載される。 それからさらに数日の間、香霖堂の門前で迫り来る少女たちをちぎっては投げる小柄な閻魔の姿が確認されたという。
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/196.html
前の話へ 次の話へ あらすじ 和服の話題を通じて互いにフラグ成立したアリスと霖之助。 嫉妬した魔理沙が爆発、修羅場になる。 霖之助は紫に背中を押され、いち早く立ち直った。 一体どれくらいの時間がたったのだろうか。 部屋を閉め切っているから、今が昼か夜かもわからない。 ずっとベッドにうずくまっていたせいか、体中が硬くなっているのがなんとなくわかった。 霖之助とアリスに対する負の感情はピークを越え、今は小康状態だ。 代わりに、自己嫌悪が心をじわじわと侵食していた。 「……やっちまったなあ……」 もっと賢い方法があったかもしれない。 あの時点での行動次第では、今のような未来が訪れはしなかっただろうに。 合わせる顔がないというのはこういうことかと、体験して初めてわかった。全く嬉しい経験ではないが。 「……はは」 そんなことを考えている自分がおかしくて、声に出して笑ってやった。 今考えることはそんなことじゃないだろう。 少し冷えた頭は、アリスの言葉を浮かべてくる。 ―――あなたの想いが本物なら、また私の前に立ちふさがりなさい――― 最初は、諸悪の根源が何を、と思った。 しかし、よく考えてみればおかしな話だ。 アリスが霖之助を奪いたいなら、そんなことを言いに来る必要はない。 兄を取られたようで悔しいんだろうとでも言っておけば、あの朴念仁は簡単に騙される。 そして自分が沈んでいるうちにまんまと篭絡すればいい。 これ以上簡単な話はないはずなのに、アリスはわざわざ恋敵を激励しに来た。 そもそも今から対等な勝負を挑んだって結果は目に見えている。 店での反応を見れば一目瞭然。霖之助の気持ちが誰にあるのかわからないほど短い付き合いではない。 だがアリスはそんなことを微塵も考えていないのだろう。本気で正々堂々と戦う気だ。 (あいつらしいと言うかなんと言うか……) そうだ。アリスはそういうやつだった。 普段は斜に構えたような態度で、自分の好意を意地でも悟らせないような言動が目立つ。 なのに、人が迷惑かけても文句は口先ばかりで、困っていたら損得抜きで助けてくれる。 ひねくれもののおせっかい。 今回もきっとそうだ。 「……やれやれ」 気がつけば口元が緩んでいる。 ああ、全くこんなの自分らしくない。 勝ち目なんかないに等しい。立ち上がったところで、また打ちのめされ一敗地にまみれるだけだろう。 それでも、膝を屈することは許されない。 せめて、あの不器用で真っ直ぐな友情だけは失わないために、決着だけはきっちりつけてやる。 「悲劇のヒロインなんて、真っ平ごめんだぜ」 一方、アリスはいまだに自己嫌悪の渦から抜け出してはいなかった。 魔理沙にはああ言ったものの、この件で自分に何ができるというのか。 結局のところ、自分か魔理沙かを選ぶのは霖之助だ。 自分はただそれを待つだけ。 いまさら霖之助の気を引くことなどできるわけがないし、これ以上魔理沙に塩を送るような真似もできない。 結局全て自分のエゴだ。霖之助を魔理沙から掠め取るような真似をしたくない。それなのに、霖之助を失うのが怖い。 「アリスーーー! 出てこーーーい!」 ああ、ついに幻聴まで聞こえ出したか。 いまあいつがここに来るわけなんてないのに。 「いるのはわかってんだ! 出てこないならこの家吹っ飛ばすぜ!?」 うるさい。今はそっとしておいてくれ。 「よーし良い度胸だ! さーん! にー! いーち!」 ああもう、幻覚までが自分を追い詰めるというのか。 「うるさいわね! 用事があるならそっちが勝手に入ってくれば良いでしょ!?」 怒鳴りつけると声は聞こえなくなった。 やはり幻聴か。自分もなかなか追い込まれている。 そう思った瞬間、 ガチャ 「人が折角立ち直ってきたってのに。全くご挨拶なやつだ」 あれ? 「ほらさっさと立て。香霖のとこに行くぞ」 「何……で……?」 なぜこいつがここにいるんだろう。 「何でってお前が言ったんじゃないか。また立ちふさがりに来いって。それともありゃ嘘か? ほら、早く立てって。」 「あ……うん」 「よし、じゃあ香霖のとこにいくぞ。あいつにはきっちりカタをつけてもらわないとな」 「ねえ」 「あん?」 「あんたはそれで良いの? なんなら私は何日かじっとしてるからその間に……」 「おいおい、私をなめるのも大概にしろよ」 睨みつける魔理沙。 「そんなお情けをかけてもらって、それで勝ったからって何も嬉しくないぜ。 どんなに不利な状況でも構わない。自力で勝ち取ってこそ意味があるんだ お前が私の立場でもそうだろう?」 言葉が詰まる。そうだ。もう自分にできることなんて何もない。 威勢のいいことを行っておいて情けない限りだが、霖之助の選択を甘んじて受け入れよう。 「わかったわ。あんたは本当にそれで良いのね?」 「くどいぜ。女に二言はないって言うだろう?」 魔理沙がここまで言うのならば、もう何も言うまい。 後は霖之助がどのような選択を取るのか、ただそれだけだ。 2人の魔法使いが並んで空を舞った。 前の話へ 次の話へ
https://w.atwiki.jp/oogiricgi/pages/186.html
【名前の由来】曲名です【大喜利歴】やり始めた時から【よくいる時間帯】特にありません【好きなオオギリスト】tdつhjさん【苦手なお題】あります【PR】よろしくお願いします
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/219.html
前の話 「いやー疲れた疲れた。やっと研究が形になったぜ」 そう言いながら入ってきたのは、最近めっきり足が遠のいていた黒白の魔法使い、霧雨魔理沙だった。 「おや、久しぶりだね魔理沙。だいたい2ヶ月ぶりかな?」 「あ~、そういやこの前来たときは会わなかったんだよな。あの時は口やかましい奴がいたからなあ」 「口やかましくて悪かったわね」 どうやら部屋の隅に居たためか気付かれなかったようだ。人がいないと思って好き勝手なことを言う悪友に声をかける。 「うおっと、今日もいたのかアリス。和裁だか白菜だか知らんが、お前ならもう香霖なんかに教わることはないだろうに」 「なんかとはなんだなんかとは」 「そうよ失礼な。言っとくけど霖之助さんの腕前は相当なものよ? だいたい、あんたも裁縫くらい覚えなさいよ。一応仮にも生物学上女の範疇に引っかかってんでしょ?」 「ひどいぜ。こんなに可憐な美少女を捕まえて」 「可憐だと自称するなら、せめて言葉遣いくらい何とかするべきね」 「善処するぜ。んで、まだ香霖にアドバイスもらいにこんな埃臭い所に通ってるわけか。お前も物好きだよなあ」 「別にアドバイスはもらってないわよ。とりあえず一人で作り上げて、何ができて何ができないのか確認するつもりだから」 流れるように掛け合いを続ける2人を眺め、本当に仲が良いなと微笑みつつ口を挟む霖之助。 「この前は一人で作ることにこだわる必要はないとか言ってたような気がするんだが、気のせいだったかな」 「気のせいね。ダメよ霖之助さん、人の話はちゃんと聞かないと。それとも私に話しかけてもらえなくて寂しいのかしら?」 「あれだけ根掘り葉掘り聞き出そうとしていた君がパッタリと質問しなくなったからね。なんとなくしっくり来ないだけさ」 「人間正直が一番って聞いたことがあるわよ?」 「それなら人妖の僕には当てはまらないな」 「ああ言えばこう言う……」 「君がそれを言うのかい?」 今度は魔理沙が2人の会話を眺める。 (……こいつらこんなに軽口叩き合うほど仲良かったか?) 少なくとも前に2人の会話を見たときはもっとよそよそしかった筈だ。 なのに、今の会話からはなんとなく甘い雰囲気すら漂っているように思える。 「何でお前らそんなに仲良くなってるんだ?」 霖之助はアリスとの会話を一時中断、魔理沙の質問に答える。 「そりゃ毎日顔を合わせてれば嫌でも相手のことを理解するようになるさ」 「あら、霖之助さんは私のことなんか分かりたくないって言うわけ?」 「今のは言葉のアヤというか極端な例えを提示しただけだよ。いくら僕でも嫌いな相手に部屋まで貸すほど酔狂じゃない」 「あ~、待て待て待て!」 放っておけばすぐに2人で話を進める。なんとなく自分が蚊帳の外のように思えてイライラする。 おまけに聞き捨てならないことが聞こえた。 「毎日顔を合わせて部屋を借りてる? いつからアリスはここに引っ越してきたんだ?」 「いや、別に住んでるわけじゃないよ。ただ、最初に日本人形を作ってるときは事あるごとに質問しに来てたからね。 ほとんどうちで作ってたせいか体がこっちに順応してしまったらしい。今では一人で閉じこもっているよりここで作ったほうがはかどるんだそうだ。 部屋は人形作りの道具や材料の置き場所として提供しているだけさ」 「……ふーん……つまり通い妻か。香霖にそんな甲斐性があったとはなぁ?」 「「通っ……!?」」 アリスだけならまだしも、霖之助までそろって顔が赤くなる。 これが他のやつならニヤニヤとしつこいくらい笑ってやるところだが、今回ばかりはそうはいかない。 自分がからかったのは認めるが、その反応はなんだ。 自分がいくら好意を匂わせても歯牙にもかけなかったくせに。 ストレートに伝えても、回りくどくほのめかしても全く動じなかったくせに。 だから、 「……なんでだよ」 気がつけば、不満が口からあふれ出して止まらなくなっていた。 「なんで!? なんでアリスなんだよ!? ついこの前まで赤の他人だったのに! その他大勢の客の一人でしかなかったくせに!! 私のほうがずっと昔から香霖の近くにいたんだ! 実家で修行してるときも! この店を建てたときも! 私が実家から出てった時だって! 途中でふらっと出てきたくせに私の場所を取らないでくれよ! そこはお前の場所じゃない!! 今までもこれからも死ぬまでずっと! 香霖に一番近いところにいるのは私なんだ!!! 他のやつに取られるなんで耐えられないんだ!!! だから……だからっ……」 「……魔理沙」 声が詰まって俯いてしまった魔理沙になんと言って良いか分からず、霖之助はただ名前を呼んだ。 ビクッと肩を震わせ、顔を上げた魔理沙の両目は、今にも涙が溢れそうになっていた。 「……う……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」 耐えられなくなったのだろう。魔理沙は箒をつかむと、叫びながら香霖堂から飛び出していった。 「魔理沙……」 こちらはアリス。 考えたこともなかった。いつも自分勝手で人の迷惑を顧みないあの魔理沙がこんなに取り乱すことがあるなんて。 魔理沙は強いわけではなかった。弱い自分を一生懸命隠して、それを他人に絶対に悟らせないようにしていただけなのだ。 気付かなかった? 違う。気付こうともしなかった。 思えば霊夢は魔理沙の内面をなんとなく察していたような節がある。だからこそ、魔理沙と上手くやっているのだろう。 「……やれやれ」 そんなアリスの思考は、もう一人の当事者によって中断することになった。 「霖之助さん……」 「驚かせてしまったようだね。だいぶ成長したようだが、あの子もまだまだ子供のようだ」 なぜ……そんなに落ち着いているんだろう? 「多分、父か兄が取られて悔しいような気分なんだろう。しばらくそっとしておけばまた元気に……」 パァン! 「あなた……本気でそんなこと言ってんの……?」 考えるより先に、全力で目の前の男を張り飛ばしていた。 ずれた眼鏡を直すことすら忘れているのだろう、呆然としてこちらを見ている霖之助にさらに苛立ちを増す。 「朴念仁だとは思ってたけどここまで救いようがないとは思ってなかったわよ! お父さんが取られた!? お兄さんが取られた!? ふざけんじゃないわよ! そんなことで女の子が、あの魔理沙が! あそこまで取り乱すわけがないでしょうが! 人の感情に疎いのも大概にしなさいよ!」 ああ、さっきの魔理沙と同じことをしてる。 どこかで冷静な自分がささやくが、止められない。 「他人の気持ちなんて気にならないような顔をして! 気にならないんじゃないわ。分からないのよ! 勝手にああだろう、こうだろうって結論付けて、それを疑いもしない。 普段なら笑って済ませてあげるけどね、今回だけは絶対許さない! 自分が何をしたのか、なんで魔理沙が泣いてるのか、悩んで悩んで悩みぬきなさい! それが分かるまではそのとぼけた顔を見せないでちょうだい!」 そう言い残すと、アリスもまた香霖堂から出て行ってしまった。 「荷物……置きっぱなしだったなあ……まあいいか……」 怒鳴り散らして出てはきたが、少し言い過ぎたかもしれない。 そもそも魔理沙の内面を見ようとしていなかったのは自分も同罪だ。 それなのに自分だけは分かっていたような言い方。 自己嫌悪で足が止まりそうになるが、それを押し込めてでもやるべきことが残っている。 とにかく足を進めるアリスが辿り着いたのは、魔理沙の家の前だった。 大きくノックするが、返事はない。 それでも、今の魔理沙が他の誰かのところに転がり込むことは考えられない。 深呼吸して、家の中の魔理沙にも聞こえるよう声を上げる。 「魔理沙……いるんでしょう?」 「まずは謝っておくわ……。 そんなつもりはなかったけど、結果として私はあなたから霖之助さんを奪おうとしている。 しかもあなたが研究でいない間にこそこそとね。 卑怯といわれても構わない。それだけのことをした自覚はあるもの」 やはり返事はない。だが間違いなく聞いているはずだ。 そして、アリスは決定的な言葉を口にする。 「それでもこれだけははっきりさせておくわ。 私は霖之助さんが好き。今までに出会った誰よりもね。 だから誰にも渡したくはない。例えあなたや他の誰かに恨まれたとしても。 あなたはどうなの? こうして一人で閉じこもって泣いてるだけなの? 失いたくないなら、奪われたくないなら……立ち上がりなさい。 それができないなら、あなたの思いは所詮その程度のものだったということになるわ。 どういう結果になるかはまだ分からないけど、あなたの想いが本物なら、また私の前に立ちふさがりなさい。 ……待ってるから」 勝手なことを言っている。謝っているのか喧嘩を売っているのか分かったものじゃない。 魔理沙にはすまないと思う。それは間違いない。 それでも霖之助を失うのは嫌だ。 ……自分は一体何がしたいのか。 霖之助に怒鳴ったのも意味が分からない。魔理沙の方を向いて欲しいわけではないのに、魔理沙の気持ちを考えろなどと。 とにかく、自分も気持ちを整理する必要があるだろう。 アリスが遠ざかる足音が聞こえる。 声は聞こえていた。 だが、答える気にはならなかった。 自分がいない間に霖之助を取ろうとするアリス。 自分の気持ちになんて気付こうともしてくれなかったのに、知り合ったばかりのアリスといちゃついてた香霖。 2人とも大嫌いだ。 そして、そんなことを考えている自分はもっと大嫌いだ。 ベッドにうずくまったまま、とにかく今は何もしたくなかった。 アリスが飛び出していった香霖堂。 霖之助は魂が抜けたような顔をして座り込んでいた。 思い出すのはアリスの言葉。 ―――自分が何をしたのか、なんで魔理沙が泣いてるのか、悩んで悩んで悩みぬきなさい!――― かつては、自分がすでに男としては枯れているものと思っていた。 だが、アリスと触れ合ううちにそれは自分の思い込みだと気付いた。いや、アリスが気付かせてくれたのだ。 ……魔理沙の顔が頭に浮かぶ。 小さいころは甘えん坊だった。 年の割りに賢かった。 魔法を志してからは父親とそりが合わず、自分が何度も仲裁に入った。 自分が霧雨の家を出てからも縁は切れていない。 研究に行き詰ればここに来て一言二言口をこぼし、帰っていく。 うまくいったら嬉しそうに自慢しにくる。 店のものを持っていく代わりに差し入れをもらうことも多い。 料理を振舞ってくれることもしゅっちゅうだ。 ここまでなら仲の良い兄妹と言っても差し支えないだろう。 だが、 ―――安心しろ。香霖を好きになる物好きな女がいなくても私がもらってやるぜ――― ―――貰い手がなかったらよろしく頼むぜ――― こんなことは兄妹同士で言ったりしない。 なのに、本気に取ったことは一度もなかった。 自分に見せる彼女をそのまま彼女の本質だと思って疑いもせず、ただの軽口と切って捨てた。 どんなに年が経っても、言葉遣いや表面上の性格が変わっても、魔理沙は魔理沙だったというのに。 小さいころのまま、甘えん坊で寂しがりやな女の子だったのに。 今ならわかる。彼女が軽口に見せかけて、その裏でどれだけの緊張と不安を押し殺していたのか。 「最低だな……」 「ええ、本当にね」 独り言に対する、ありえないはずの返答。 こんなことをするのは一人しかいない。 「見ていたのかい……? 紫」 「ええ、あの人形遣いがここに通うようになってからさっきの顛末までずっと」 背後に気配を感じる。スキマから上半身を出して話しかけているのだろう。 「いまさら覗いていたことをどうこう言う気もないが……情けないところを見られてしまったね」 「そうね。さっきのはちょっといただけなかったわ」 ふぅ、とため息を吐く。 手厳しいことだが、今はその率直な物言いが心地よい。 「それで? あなたはどうするつもりかしら?」 「どう……か」 「まさかここまで来て選べないなんて事は言わないでしょうね? 事態をここまでこじらせたのは間違いなくあなたの責任。ならこの問題はあなたが片をつけないといけない」 「そう……そうだね。わかってはいるつもりさ」 わかっている。これは自分が答えを出さないといけない問題だ。 そんなことは痛いほどわかっているのに、それでも自分の気持ちははっきりしていない。 情けなくて腹立たしくて自分を殴りつけたい心境だが、そんなことをしても何にもならない。 「一つ……簡単に済ませるほうがあるわよ?」 その言葉が耳に届くと同時に、両肩に重みを感じる。 しなだれかかって来た紫は、霖之助の耳元でさらに言葉をつむぐ。 「私を選んでくれたら、全部きれいに収めてあげる。 私の持つありとあらゆる力を持って、元の鞘に必ず戻してあげる。八雲の名において誓うわ。 ……そのかわり、私をあなたのものにして」 それは、抗いがたい甘美な誘惑。 確かに、彼女の能力を持ってすればこの問題はすぐにでも解決するだろう。 しかも幻想郷最高の妖怪を伴侶に持つ。これ以上の名誉は幻想郷に存在しない。 だが、その選択はありえない。 「君にそこまで言ってもらえるとは光栄だが、受けるわけにはいかないな」 「あら、やっぱり? まああなたならそういうと思っていたけど」 そういうと、紫はあっさり霖之助から離れた。 「じゃあ、しっかり考えて答えを出すことね。 この八雲紫を振った男が生半可なことをしたら、永劫許さないからそのつもりでね」 「紫、君は……」 彼女なりに励ましてくれたのか。それとも……。 そんな思いがよぎった瞬間、唇を指で押さえられた。 「変なこと考えるんじゃないの。それじゃあね霖之助。頑張りなさい」 そういい残して、紫はスキマに戻っていった。 「ああ、もちろんだ。ありがとう、八雲紫――」 さあ、ここからは自分の仕事。 ――紫の自室にて―― 「はぁ……私も完全には悪役にはなりきれないのね……」 たったいま香霖堂から戻ってきた紫。 霖之助が考えたとおり、彼女も霖之助に淡い思いを抱いていた。 そんな彼女がアリスの接近を許したのは、ひとえに楽観と自信が原因だった。 客観的に見て自分は美人だと思う。 妖怪や人間を問わず言い寄る男はいくらでもいた。 だから焦る必要はない。 アリスのような1000年も生きていない小娘に自分が遅れをとることなどありえない。 そう思って放置していた。 もっと早く、自分から積極的に動いていればこんな事態にならなかったであろうことも知らず。 気付けば女にあれだけなびかなかった霖之助がアリスと懇意になっていた。 そのときにはもう手遅れで、なまじ明晰な頭脳を持つだけに、自分にはもうチャンスが訪れないことを理解してしまった。 これは自分の自業自得。 相手を侮り、自惚れていた自分の落ち度。 だから、泣くのはこの一回きりだ。 ぎゅっと目を瞑る。目じりにたまっていた涙は頬を伝い、ぽろぽろとこぼれ落ちた。 だがそのまま落とすことはしない。涙の落ちる先にスキマを開き、回収する。 自分の式は優秀だ。涙の跡でもあれば簡単になにがあったか察してしまうだろう。 いや、おそらくはもう気付いているのだろうが。 さあ、もうすぐ式の式が食事の時間を伝えに来るだろう。 それまでには、悲しみも後悔も心の奥に封じ込めてしまわないと。 「藍さま。まだ紫さまをお呼びに行かなくていいんですか?」 「もう少し、もう少しだけ待ってくれ橙」 妖怪は精神的な病に弱い。つまり心の傷の治りが遅いということだ。 たとえ霖之助がどんな答えを出したとしても、今現在人間の魔理沙や元人間のアリスはそう長くないうちに立ち直ることだろう。 だが妖怪の紫はそうはいかない。表には出さなくても、10年、20年、いやもっと長く心の痛みは残る。 だから今は、もう少しだけそっとしておきたい。 その日、マヨヒガの夕食はいつもより少しだけ遅かったという。 一体どれくらいの時間がたったのだろうか。 部屋を閉め切っているから、今が昼か夜かもわからない。 ずっとベッドにうずくまっていたせいか、体中が硬くなっているのがなんとなくわかった。 霖之助とアリスに対する負の感情はピークを越え、今は小康状態だ。 代わりに、自己嫌悪が心をじわじわと侵食していた。 「……やっちまったなあ……」 もっと賢い方法があったかもしれない。 あの時点での行動次第では、今のような未来が訪れはしなかっただろうに。 合わせる顔がないというのはこういうことかと、体験して初めてわかった。全く嬉しい経験ではないが。 「……はは」 そんなことを考えている自分がおかしくて、声に出して笑ってやった。 今考えることはそんなことじゃないだろう。 少し冷えた頭は、アリスの言葉を浮かべてくる。 ―――あなたの想いが本物なら、また私の前に立ちふさがりなさい――― 最初は、諸悪の根源が何を、と思った。 しかし、よく考えてみればおかしな話だ。 アリスが霖之助を奪いたいなら、そんなことを言いに来る必要はない。 兄を取られたようで悔しいんだろうとでも言っておけば、あの朴念仁は簡単に騙される。そして自分が沈んでいるうちにまんまと篭絡すればいい。 これ以上簡単な話はないはずなのに、アリスはわざわざ恋敵を激励しに来た。 そもそも今から対等な勝負を挑んだって結果は目に見えている。 店での反応を見れば一目瞭然。霖之助の気持ちが誰にあるのかわからないほど短い付き合いではない。 だがアリスはそんなことを微塵も考えていないのだろう。本気で正々堂々と戦う気だ。 (あいつらしいと言うかなんと言うか……) そうだ。アリスはそういうやつだった。 普段は斜に構えたような態度で、自分の好意を意地でも悟らせないような言動が目立つ。 なのに、人が迷惑かけても文句は口先ばかりで、困っていたら損得抜きで助けてくれる。 ひねくれもののおせっかい。 今回もきっとそうだ。 「……やれやれ」 気がつけば口元が緩んでいる。 ああ、全くこんなの自分らしくない。 勝ち目なんかないに等しい。立ち上がったところで、また打ちのめされ一敗地にまみれるだけだろう。 それでも、膝を屈することは許されない。 せめて、あの不器用で真っ直ぐな友情だけは失わないために、決着だけはきっちりつけてやる。 「悲劇のヒロインなんて、真っ平ごめんだぜ」 一方、アリスはいまだに自己嫌悪の渦から抜け出してはいなかった。 魔理沙にはああ言ったものの、この件で自分に何ができるというのか。結局のところ、自分か魔理沙かを選ぶのは霖之助だ。 自分はただそれを待つだけ。いまさら霖之助の気を引くことなどできるわけがないし、これ以上魔理沙に塩を送るような真似もできない。 結局全て自分のエゴだ。霖之助を魔理沙から掠め取るような真似をしたくない。それなのに、霖之助を失うのが怖い。 「アリスーーー! 出てこーーーい!」 ああ、ついに幻聴まで聞こえ出したか。 いまあいつがここに来るわけなんてないのに。 「いるのはわかってんだ! 出てこないならこの家吹っ飛ばすぜ!?」 うるさい。今はそっとしておいてくれ。 「よーし良い度胸だ! さーん! にー! いーち!」 ああもう、幻覚までが自分を追い詰めるというのか。 「うるさいわね! 用事があるならそっちが勝手に入ってくれば良いでしょ!?」 怒鳴りつけると声は聞こえなくなった。 やはり幻聴か。自分もなかなか追い込まれている。 そう思った瞬間、 ガチャ 「人が折角立ち直ってきたってのに。全くご挨拶なやつだ」 あれ? 「ほらさっさと立て。香霖のとこに行くぞ」 「何……で……?」 なぜこいつがここにいるんだろう。 「何でってお前が言ったんじゃないか。また立ちふさがりに来いって。それともありゃ嘘か? ほら、早く立てって。」 「あ……うん」 「よし、じゃあ香霖のとこにいくぞ。あいつにはきっちりカタをつけてもらわないとな」 「ねえ」 「あん?」 「あんたはそれで良いの? なんなら私は何日かじっとしてるからその間に……」 「おいおい、私をなめるのも大概にしろよ」 睨みつける魔理沙。 「そんなお情けをかけてもらって、それで勝ったからって何も嬉しくないぜ。 どんなに不利な状況でも構わない。自力で勝ち取ってこそ意味があるんだ お前が私の立場でもそうだろう?」 言葉が詰まる。そうだ。もう自分にできることなんて何もない。 威勢のいいことを行っておいて情けない限りだが、霖之助の選択を甘んじて受け入れよう。 「わかったわ。あんたは本当にそれで良いのね?」 「くどいぜ。女に二言はないって言うだろう?」 魔理沙がここまで言うのならば、もう何も言うまい。 後は霖之助がどのような選択を取るのか、ただそれだけだ。 2人の魔法使いが並んで空を舞った。 「……」 最近ここまでひとつのことを考え続けたことがあっただろうか。 自分に好意を寄せる2人の少女、アリスと魔理沙。 魔理沙とは彼女が物心ついたときからの付き合いだ。 人前では常に明るく振舞い、陰で血のにじむような努力を続ける少女。 自惚れかも知れないが、彼女の支えになってきた自信はあるし、そのことを誇りに思う。 アリスとはつい最近一気に距離が縮まった。 皮肉屋で素直じゃないが、思いやりのある優しい少女。 ここ1ヶ月ほどの、彼女がいる生活はとても充実していた。 どちらかが選ばれ、どちらかは選ばれない。 残酷なようだが、2人とも幸せにするなんて言っても彼女たちは納得しないし、そんな都合の良いことは口が裂けてもいえない。 審判を下すのは自分だ。理屈ではなく、2人のうちどちらと生きていきたいのか、自らの感情を問う。 そして、その答えはすでに出ていた。 「入るわよ」 「じゃまするぜ」 件の2人が店に訪れる。 「用件はもうわかっているよな?」 「はっきり聞かせて頂戴。あなたの口からね」 「……ああ」 2人の顔を交互に見つめる。 もう一度だけ、目を閉じて心に浮かぶ少女の顔を確認する。 心臓はこれ以上ないほど早鐘を打ち、手のひらは汗がじっとりにじんでいる。 だが、逃げ出すわけにはいかない。 「……魔理沙」 2人の反応は異なる。 魔理沙はさらに顔を険しくし、アリスは唇をかみ締め、顔をそらす。 ああ、おそらく2人はわかっている。次に続く言葉を。 「すまない。僕は君を選ぶことはできなかった」 目を閉じ、息を吐く。 ―――ああ、やはりそうか――― 覚悟はしていた。予想もしていた。 なのに、面と向かって言われると想像以上に堪える。いっそ崩れ落ちてしまいたいくらいだ。 それでも、今度ばかりは取り乱すわけにはいかない。 「はあ~あ、やっぱりな」 「やはりわかっていたんだね」 「まあな。何歳からの付き合いだと思ってんだ? 香霖の考えなんてお見通しだぜ」 「……」 「なに辛気臭い顔してんだよ全く。あれだけ女っ気がなかった香霖がこんな良い女に言い寄られるなんて金輪際ないぜ。 それも2人同時にだ。もっと喜べよ」 「魔理沙……」 今度はアリス。 なんともいえない顔をしている彼女にも声をかける。 「お前も同じだよアリス。たった今想いが通じたんじゃないか。笑わないなんてそれこそ私に対して失礼だぜ」 自分自身よくこんなに口が回ると思う。 多分、ごまかしているだけなんだろうが。 「さて、そうと決まればこんなとこに用はないな。若い2人に任せて退散させてもらうぜ」 「……ああ」 「じゃあな香霖。これでアリス泣かしたら許さないぜ」 さあ、一刻も早く外へ出よう。取り繕うのはもう限界だ。 そして店には2人が残る。 しばらく沈黙が続き、それをアリスが破った。 「霖之助さん」 「なんだい?」 「これでよかったの? 本当に私でいいの?」 その表情からは喜びを見て取ることはできない。 魔理沙のことが気になっているのだろう。 「ああ。いつものように理屈でどうのこうのとは考えなかった。 僕が店にいて、その傍らにいて欲しいのが誰か。それを考えたとき、真っ先に浮かんだのが君だったんだ」 「……そう」 そうしてまた続く沈黙。 「ねえ」 「うん?」 「今日は帰ることにするわ。まだ気持ちの整理ができなくて。 あ、嬉しくないわけじゃないの。でも、まだ素直に喜べないから……」 「ああ。急ぐ必要はないさ」 そうして店を出ようとするアリスの背中に声をかける。 「そうだ、一つ伝えないといけないことがあった。 次に君が来たときには、是非とも渡したいものがあるんだ。 ……待っているよ」 香霖堂を飛び出した魔理沙は、とにかくスピードを上げて箒を飛ばしていた。 歯はきつく食いしばられ、目は前を見ていない。 山から一本だけ突き出た大木。それに向かって突っ込んでいくが、顔を伏せている魔理沙は気付かない。 あわや激突かと思われた瞬間、魔理沙は目の前に開かれたスキマに飛び込んでいった。 気がつけば、布団の中にいた。 見覚えのない部屋。一体ここはどこだろうと思った瞬間、声をかけられる。 「危ないわね全く。自殺なんかされたら霖之助さんが悲しむわよ」 「……お前か、紫」 「ええ、久しぶりね」 「……見てやがったのか」 「もちろん、一部始終をね」 「それで? 惨めな私をあざ笑いに連れてきたってのか?」 「命の恩人に失礼なことね。それに、私にはあなたを笑うことはできないわよ」 「……」 その言葉を聴いてなんとなく察する。 「で、その大量のつまみと酒はなんだ?」 「わかってるんでしょ? こういうときは呑んで呑んで呑みまくるものよ」 「……まあいいや。どうせ呑むつもりだったしな。ここか家かが違うだけだ」 「そうそう。じゃあ乾杯ね。」 それから数十分後。 「随分呑んだわねえ」 「なあ~にまだまだこれからよお~」 2人で次々瓶を開け、気付けばすでにかなりの量を飲んでいた。 そろそろ溜め込んだものを吐き出させようと、紫は魔理沙の本心を尋ねる。 「で、どうなの? まさかすっぱり諦めきれたわけじゃないんでしょ? 言いたいことがあるなら吐き出してしまいなさいな」 少し目を左右にやる魔理沙。酔いはやや醒めたらしく、迷いつつもぽつぽつと話し始めた。 「最初はさ……あいつらが憎くて仕方なかったんだ。 私のいない間にこそこそしやがって……って。 でも段々、自分に対する後悔のほうが大きくなってくのがわかったんだ。 何でもっと積極的に行かなかったんだろう。 貰い手がなかったら頼むなんて軽口でごまかして、そんなんで香霖が気付いてくれるわけないって知ってたのに。 まだ私は大人になってないから、もっと大人にならないと香霖とは釣り合わないからって、本気になるときを『今』から 『いつか』にすり替えてた。 そんなことをしているうちに、『今』本気になってるアリスが香霖を動かし始めたんだ。 気がついた時にはもう手遅れで、香霖はすっかり私の方を向いてなかった」 その言葉に思うところはあったが、今はとにかく聞き手に徹する。 「なんで『いつか』なんて考えてたのかなあ。チャンスなんかいくらでもあったはずなのに。 やりたいこともいっぱいあったんだぜ。 唐突に『愛してるぜ』とか言って香霖を赤面させたり、 新しい料理を覚えて『おいしいよ』って言わせたり。 祭に2人で手をつないで出かけたり、 花見や月見でのんびり酒を酌み交わしたりもしたかった。 同じ布団で寝て、香霖の腕を枕にして。寒いからぴったりくっついて『これで寒くないぜ』ってささやいたり。 つい何ヶ月か前まで、手を伸ばせば届いたかも知れなかったのに、今じゃもう届かないんだ。 どんなに泣き喚いても、力づくで奪い取っても、それは私が欲しかった香霖じゃない。 ……私を一番愛してくれる香霖じゃないんだ……」 そこまで言うと、魔理沙は肩を震わせて俯いてしまった。 自分もこの子と同じだ。 その気持ちは手に取るようによくわかる。 だから、魔理沙の頭を優しく胸に抱いた。 「泣いたっていいのよ。あなたはまだ若いんだから。 こういうときは、泣いて泣いて全部吐き出しなさい。 そうして成長していけばいいの」 そう言いながら魔理沙の頭を撫でる。 「うっ……ぐっ……うわああああああああああああああ!」 いちど決壊してしまえば、もうあとは吐き出すだけ。 爪のあとが残るほど強く紫を抱きしめ、魔理沙はいつまでも泣きじゃくっていた。 2日が経過した。 しかし、まだアリスはやってこない。 (もう少し時間がかかるのかもな……) そんなことを考えつつ、霖之助は先ほど届いた文文。新聞の号外を開く。 その目に飛び込んできたのはこんな記事だった。 『熱愛発覚! 香霖堂店主森近霖之助と、七色の人形遣いアリス=マーガトロイド!』 同じころ、アリスもその記事を目にしていた。 つい先ほど、この新聞を作った本人、射命丸文が直接渡しに来たのだ。 「この号外はあなたが見なくちゃダメなんです! 今回情報をくれた人から頼まれたんですから!」 何が言いたいのか良くわからなかったが、どの道今は何も手につかない。 まあ気を紛らわすくらいのことはできるだろう。 そう思って新聞を開いた瞬間、アリスの頭は一気に覚醒した。 新聞の内容を要約するとこうだ。 『いつものようにネタを探していたところ、急遽取材の申し込みがあった。 渡りに船とその人物にあえば、なにやら人知れず咲いた恋があったとのこと。 しかもそれが有名な魔法の森に住む2人、森近霖之助とアリス=マーガトロイドと聞けば、これは記事にせざるを得ないと判断した』 その後は2人の馴れ初めについて記されている。 情報提供者の名前を見ると、こう書いてあった。 『霧雨 魔理沙』 「……ここまでお見通しってわけね」 どこまでも世話焼きなやつだ。 自分が失恋した直後だというのに、アリスが魔理沙のことを気にして動けなくなることまで考えていたのか。 ここまでされては、自分も腐っているわけにはいかない。 人の恋路を勝手にばらすのは不届き千万だが、背中を押されたのも事実だ。 この記事を見た読者が押し寄せる前に、霖之助の下へ。 バタン! 勢いよく戸が開く音を聞きつけて目をやると、ここ2日待ち焦がれた少女の姿があった。 「……見た?」 何を、とは聞かない。 「ああ。全くあの子らしいな」 「そうね。私もようやく覚悟が決まったわ」 2人で笑いあう。どちらかといえば苦笑に近い笑みだったが。 「それでは僕の思いを伝える前に、この前話したものを渡そう」 そう言って奥に引っ込む霖之助。 戻ってきた霖之助の手に乗せられていたのは紙の包み。 「開けてごらん」 言われるがままに包みを開く。 出てきたのは、非常に細かな刺繍が施され、生地も糸も高級な品を使用した『振袖』であった。 「これを……私に?」 「ああ。……それは僕の、母の形見なんだよ」 「え?」 目を丸くするアリスを眺めつつ、話を続ける。 「僕が人間と妖怪のハーフということは知っているだろう? 人間だったのは母のほうでね。それなりの良家の一人娘だったらしい。 父は母が僕を身ごもったあと、親族たちに追われ、今は行方知れずだ。 母は妖怪の子を宿したために家を勘当されたそうなんだが、そのとき母親、つまり僕の祖母からこの振袖を 渡されたそうだ。 祖母も曾祖母から譲り受けたもので、母が嫁に行くときに着せたかったそうだが、今話したような事情でそれも 適わなくなってしまった。 だからせめて、まだ見ぬ孫が女なら孫に、男ならその伴侶となる女性に受け継いで欲しい、とね。 この話を聞いたのは母が他界する直前だった。もう何十年も前の話さ」 「……そんな大事な物を私がもらうわけには「アリス」」 軟らかくアリスの発言をさえぎる霖之助。 「僕と君が、初めて和服について語った時の内容は、まだ覚えているかい?」 当然忘れてなどいない。 確か、和服は着る人間が代わっても大丈夫なように厳密な採寸をしない。 そしてその理由は 「……あ」 大事な着物を、子へ、孫へ。 何年も何年も大事にしてきた着物だからこそ、それを授けることによって、 相手に愛情の深さを伝えるのだ。 「……」 言葉もないアリスに、霖之助が声をかける。 「その着物以上に大切なものは、僕の店にもない。値打ちの問題ではなく、ね。 これが僕の答えだ。 ……受け取ってくれるかい?」 ともすればあふれそうになる涙を必死に抑える。 今は泣くときじゃない。笑うときだ。 そうしてアリスは霖之助に応える。 「はいっ!」 その顔は、見るもの全てを魅了する最高の笑顔だった。 魔法の森の入り口に存在する店、香霖堂。 そこを訪れた客に、店の名物は何かと問えば、皆が口をそろえてこう言った。 それは、いつ見ても仲睦まじい銀髪と金髪の夫婦である、と 了 前の話 おまけへ
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/178.html
「暇だな……」 魔法の森の小さなお店、香霖堂。 店主の森近霖之助は、いつになく暇をもてあましていた。 【宿敵と書いてライバルと読む?】 店の中は今日も閑古鳥が威勢よく鳴いている。 まあそれはいつものことなのだが、困ったことに手持ちの本を全て読んでしまった。 もう一度読んでもいいのだが、やはり先の展開がわかっていると面白さも半減である。 「こんにちは~」 そこに現れたのはスキマ妖怪こと八雲紫。 狙い済ましたかのようなタイミングだが、実際話しかけるチャンスを3時間ほど伺っていたりする。 それはまあさておき、 「……君か」 暇なせいか、霖之助は虫の居所が悪いようだ。 あまり歓迎されていない様子にちょっとショックを受ける紫。 しかしそんな内心を悟られるのは恥ずかしいので、何とか取り繕いつつ本題に入る。 「あら、お邪魔でした?折角時間をつぶせるものを持参いたしましたのに」 「……できれば正当な客としてきて欲しいものだけどね。 まあ時間をもてあましていたのは確かだ。それで何を持ってきたんだい?」 霖之助さんも良く知ってるものですけど、と前置きして紫が取り出したのは、何の変哲もないトランプだった。 「霖之助さんはスピードというゲームはご存知?」 「一応ね。 昔は少々やりこんだこともあったよ」 (※ルールは長くなるので略。いないと思うけど知らない人はwikiをみてね!) 「それなら話は早いわ。 ただやるだけじゃあつまらないし、何か賭けるというのはどう? 例えば、7回勝負で勝ち数の多いほうが相手に言うことを一つきいてもらうというのはいかがかしら?」 何か嫌な予感がしないではないが、霖之助も勝つ自信はかなりある。 それになんだかんだで紫の力はいろんな意味で大きい。 トランプ如きで貸しを作れるチャンスをみすみす逃すこともあるまい。 「いいだろう。ただし、相手に何かしらの被害を与えるような過激なものはなしだ」 「それはもちろんよ。じゃ、賭けは成立ね」 互いにカードを切り、戦いの用意は整った。 「「せえの、スピード!」」 シュバババババババババババババババババババババババッ!!! 「ぬっ!」 「くうっ!」 互いの手が残像を残すほどの速度でカードを切り続ける。 (おのれ紫!さては相当特訓した上で持ちかけたな!) (何が少しやりこんだことがある、よ! これじゃあホントに5分5分の勝負じゃない!) 実力を隠していたのはお互い様と言うものだが、文句を言っていてはその隙に差をつけられてしまう。 手を一切休めずカードを切り続け、初戦は後1枚で霖之助が負けた。 「くっ……なかなかやるじゃあないか」 「いいえ、霖之助さんのほうこそ」 声は笑っているが2人とも戦士の目になっている。 賭けのことも忘れてもう一回、もう一回と勝負は続き、結局藍が迎えに来るまで互いに172勝172敗という互角の勝負を繰り広げた。 「ハァ、ハァ、この決着はまた今度……だね」 「フゥ、フゥ、ええ、今度こそ完璧に打ちのめしてあげる」 勇ましい捨て台詞を残して帰っていった紫。 何しにいったんですかと藍に突っ込まれ、実は最初に決めたルールでは勝っていたことを思い出した紫は3日間寝込んだらしい。 「……紫は今日も来ないのか!?」 その代わり、霖之助が紫の来訪を今か今かと待ち焦がれるようになったとか。
https://w.atwiki.jp/touhouvision/pages/381.html
《梅霖の妖精》 No.1613 Character <第十七弾> GRAZE(0)/NODE(3)/COST(1) 種族:妖精 (自動γ): 〔あなた〕がキャラクターカードをプレイしたターンの終了時、〔あなた〕は1ドローする。この効果は重複しない。 攻撃力(1)/耐久力(4) 「あなたも一緒に住む?」 Illustration:CircleK コメント 収録 第十七弾 関連
https://w.atwiki.jp/churuyakofu/pages/197.html
前の話へ あらすじ 裁縫を通じて惹かれあうアリスと霖之助。 それに納得がいかない魔理沙。三角関係がこじれにこじれた。 一足先に霖之助が立ち直り、アリスと魔理沙が続いた。 「……」 最近ここまでひとつのことを考え続けたことがあっただろうか。 自分に好意を寄せる2人の少女、アリスと魔理沙。 魔理沙とは彼女が物心ついたときからの付き合いだ。 人前では常に明るく振舞い、陰で血のにじむような努力を続ける少女。 自惚れかも知れないが、彼女の支えになってきた自信はあるし、そのことを誇りに思う。 アリスとはつい最近一気に距離が縮まった。 皮肉屋で素直じゃないが、思いやりのある優しい少女。 ここ1ヶ月ほどの、彼女がいる生活はとても充実していた。 どちらかが選ばれ、どちらかは選ばれない。 残酷なようだが、2人とも幸せにするなんて言っても彼女たちは納得しないし、そんな都合の良いことは口が裂けてもいえない。 審判を下すのは自分だ。理屈ではなく、2人のうちどちらと生きていきたいのか、自らの感情を問う。 そして、その答えはすでに出ていた。 「入るわよ」 「じゃまするぜ」 件の2人が店に訪れる。 「用件はもうわかっているよな?」 「はっきり聞かせて頂戴。あなたの口からね」 「……ああ」 2人の顔を交互に見つめる。 もう一度だけ、目を閉じて心に浮かぶ少女の顔を確認する。 心臓はこれ以上ないほど早鐘を打ち、手のひらは汗がじっとりにじんでいる。 だが、逃げ出すわけにはいかない。 「……魔理沙」 2人の反応は異なる。 魔理沙はさらに顔を険しくし、アリスは唇をかみ締め、顔をそらす。 ああ、おそらく2人はわかっている。次に続く言葉を。 「すまない。僕は君を選ぶことはできなかった」 目を閉じ、息を吐く。 ―――ああ、やはりそうか――― 覚悟はしていた。予想もしていた。 なのに、面と向かって言われると想像以上に堪える。いっそ崩れ落ちてしまいたいくらいだ。 それでも、今度ばかりは取り乱すわけにはいかない。 「はあ~あ、やっぱりな」 「やはりわかっていたんだね」 「まあな。何歳からの付き合いだと思ってんだ? 香霖の考えなんてお見通しだぜ」 「……」 「なに辛気臭い顔してんだよ全く。あれだけ女っ気がなかった香霖がこんな良い女に言い寄られるなんて金輪際ないぜ。 それも2人同時にだ。もっと喜べよ」 「魔理沙……」 今度はアリス。 なんともいえない顔をしている彼女にも声をかける。 「お前も同じだよアリス。たった今想いが通じたんじゃないか。笑わないなんてそれこそ私に対して失礼だぜ」 自分自身よくこんなに口が回ると思う。 多分、ごまかしているだけなんだろうが。 「さて、そうと決まればこんなとこに用はないな。若い2人に任せて退散させてもらうぜ」 「……ああ」 「じゃあな香霖。これでアリス泣かしたら許さないぜ」 さあ、一刻も早く外へ出よう。取り繕うのはもう限界だ。 そして店には2人が残る。 しばらく沈黙が続き、それをアリスが破った。 「霖之助さん」 「なんだい?」 「これでよかったの? 本当に私でいいの?」 その表情からは喜びを見て取ることはできない。 魔理沙のことが気になっているのだろう。 「ああ。いつものように理屈でどうのこうのとは考えなかった。 僕が店にいて、その傍らにいて欲しいのが誰か。それを考えたとき、真っ先に浮かんだのが君だったんだ」 「……そう」 そうしてまた続く沈黙。 「ねえ」 「うん?」 「今日は帰ることにするわ。まだ気持ちの整理ができなくて。 あ、嬉しくないわけじゃないの。でも、まだ素直に喜べないから……」 「ああ。急ぐ必要はないさ」 そうして店を出ようとするアリスの背中に声をかける。 「そうだ、一つ伝えないといけないことがあった。 次に君が来たときには、是非とも渡したいものがあるんだ。 ……待っているよ」 香霖堂を飛び出した魔理沙は、とにかくスピードを上げて箒を飛ばしていた。 歯はきつく食いしばられ、目は前を見ていない。 山から一本だけ突き出た大木。それに向かって突っ込んでいくが、顔を伏せている魔理沙は気付かない。 あわや激突かと思われた瞬間、魔理沙は目の前に開かれたスキマに飛び込んでいった。 気がつけば、布団の中にいた。 見覚えのない部屋。一体ここはどこだろうと思った瞬間、声をかけられる。 「危ないわね全く。自殺なんかされたら霖之助さんが悲しむわよ」 「……お前か、紫」 「ええ、久しぶりね」 「……見てやがったのか」 「もちろん、一部始終をね」 「それで? 惨めな私をあざ笑いに連れてきたってのか?」 「命の恩人に失礼なことね。それに、私にはあなたを笑うことはできないわよ」 「……」 その言葉を聴いてなんとなく察する。 「で、その大量のつまみと酒はなんだ?」 「わかってるんでしょ? こういうときは呑んで呑んで呑みまくるものよ」 「……まあいいや。どうせ呑むつもりだったしな。ここか家かが違うだけだ」 「そうそう。じゃあ乾杯ね。」 それから数十分後。 「随分呑んだわねえ」 「なあ~にまだまだこれからよお~」 2人で次々瓶を開け、気付けばすでにかなりの量を飲んでいた。 そろそろ溜め込んだものを吐き出させようと、紫は魔理沙の本心を尋ねる。 「で、どうなの? まさかすっぱり諦めきれたわけじゃないんでしょ? 言いたいことがあるなら吐き出してしまいなさいな」 少し目を左右にやる魔理沙。酔いはやや醒めたらしく、迷いつつもぽつぽつと話し始めた。 「最初はさ……あいつらが憎くて仕方なかったんだ。 私のいない間にこそこそしやがって……って。 でも段々、自分に対する後悔のほうが大きくなってくのがわかったんだ。 何でもっと積極的に行かなかったんだろう。 貰い手がなかったら頼むなんて軽口でごまかして、そんなんで香霖が気付いてくれるわけないって知ってたのに。 まだ私は大人になってないから、もっと大人にならないと香霖とは釣り合わないからって、 本気になるときを『今』から『いつか』にすり替えてた。 そんなことをしているうちに、『今』本気になってるアリスが香霖を動かし始めたんだ。 気がついた時にはもう手遅れで、香霖はすっかり私の方を向いてなかった」 その言葉に思うところはあったが、今はとにかく聞き手に徹する。 「なんで『いつか』なんて考えてたのかなあ。チャンスなんかいくらでもあったはずなのに。 やりたいこともいっぱいあったんだぜ。 唐突に『愛してるぜ』とか言って香霖を赤面させたり、 新しい料理を覚えて『おいしいよ』って言わせたり。 祭に2人で手をつないで出かけたり、 花見や月見でのんびり酒を酌み交わしたりもしたかった。 同じ布団で寝て、香霖の腕を枕にして。寒いからぴったりくっついて『これで寒くないぜ』ってささやいたり。 つい何ヶ月か前まで、手を伸ばせば届いたかも知れなかったのに、今じゃもう届かないんだ。 どんなに泣き喚いても、力づくで奪い取っても、それは私が欲しかった香霖じゃない。 ……私を一番愛してくれる香霖じゃないんだ……」 そこまで言うと、魔理沙は肩を震わせて俯いてしまった。 自分もこの子と同じだ。 その気持ちは手に取るようによくわかる。 だから、魔理沙の頭を優しく胸に抱いた。 「泣いたっていいのよ。あなたはまだ若いんだから。 こういうときは、泣いて泣いて全部吐き出しなさい。 そうして成長していけばいいの」 そう言いながら魔理沙の頭を撫でる。 「うっ……ぐっ……うわああああああああああああああ!」 いちど決壊してしまえば、もうあとは吐き出すだけ。 爪のあとが残るほど強く紫を抱きしめ、魔理沙はいつまでも泣きじゃくっていた。 2日が経過した。 しかし、まだアリスはやってこない。 (もう少し時間がかかるのかもな……) そんなことを考えつつ、霖之助は先ほど届いた文文。新聞の号外を開く。 その目に飛び込んできたのはこんな記事だった。 『熱愛発覚! 香霖堂店主森近霖之助と、七色の人形遣いアリス=マーガトロイド!』 同じころ、アリスもその記事を目にしていた。 つい先ほど、この新聞を作った本人、射命丸文が直接渡しに来たのだ。 「この号外はあなたが見なくちゃダメなんです! 今回情報をくれた人から頼まれたんですから!」 何が言いたいのか良くわからなかったが、どの道今は何も手につかない。 まあ気を紛らわすくらいのことはできるだろう。 そう思って新聞を開いた瞬間、アリスの頭は一気に覚醒した。 新聞の内容を要約するとこうだ。 『いつものようにネタを探していたところ、急遽取材の申し込みがあった。 渡りに船とその人物にあえば、なにやら人知れず咲いた恋があったとのこと。 しかもそれが有名な魔法の森に住む2人、森近霖之助とアリス=マーガトロイドと聞けば、 これは記事にせざるを得ないと判断した』 その後は2人の馴れ初めについて記されている。 情報提供者の名前を見ると、こう書いてあった。 『霧雨 魔理沙』 「……ここまでお見通しってわけね」 どこまでも世話焼きなやつだ。 自分が失恋した直後だというのに、アリスが魔理沙のことを気にして動けなくなることまで考えていたのか。 ここまでされては、自分も腐っているわけにはいかない。 人の恋路を勝手にばらすのは不届き千万だが、背中を押されたのも事実だ。 この記事を見た読者が押し寄せる前に、霖之助の下へ。 バタン! 勢いよく戸が開く音を聞きつけて目をやると、ここ2日待ち焦がれた少女の姿があった。 「……見た?」 何を、とは聞かない。 「ああ。全くあの子らしいな」 「そうね。私もようやく覚悟が決まったわ」 2人で笑いあう。どちらかといえば苦笑に近い笑みだったが。 「それでは僕の思いを伝える前に、この前話したものを渡そう」 そう言って奥に引っ込む霖之助。 戻ってきた霖之助の手に乗せられていたのは紙の包み。 「開けてごらん」 言われるがままに包みを開く。 出てきたのは、非常に細かな刺繍が施され、生地も糸も高級な品を使用した『振袖』であった。 「これを……私に?」 「ああ。……それは僕の、母の形見なんだよ」 「え?」 目を丸くするアリスを眺めつつ、話を続ける。 「僕が人間と妖怪のハーフということは知っているだろう? 人間だったのは母のほうでね。それなりの良家の一人娘だったらしい。 父は母が僕を身ごもったあと、親族たちに追われ、今は行方知れずだ。 母は妖怪の子を宿したために家を勘当されたそうなんだが、そのとき母親、 つまり僕の祖母からこの振袖を渡されたそうだ。 祖母も曾祖母から譲り受けたもので、母が嫁に行くときに着せたかったそうだが、 今話したような事情でそれも適わなくなってしまった。 だからせめて、まだ見ぬ孫が女なら孫に、男ならその伴侶となる女性に受け継いで欲しい、とね。 この話を聞いたのは母が他界する直前だった。もう何十年も前の話さ」 「……そんな大事な物を私がもらうわけには「アリス」」 軟らかくアリスの発言をさえぎる霖之助。 「僕と君が、初めて和服について語った時の内容は、まだ覚えているかい?」 当然忘れてなどいない。 確か、和服は着る人間が代わっても大丈夫なように厳密な採寸をしない。 そしてその理由は 「……あ」 大事な着物を、子へ、孫へ。 何年も何年も大事にしてきた着物だからこそ、それを授けることによって、 相手に愛情の深さを伝えるのだ。 「……」 言葉もないアリスに、霖之助が声をかける。 「その着物以上に大切なものは、僕の店にもない。値打ちの問題ではなく、ね。 これが僕の答えだ。 ……受け取ってくれるかい?」 ともすればあふれそうになる涙を必死に抑える。 今は泣くときじゃない。笑うときだ。 そうしてアリスは霖之助に応える。 「はいっ!」 その顔は、見るもの全てを魅了する最高の笑顔だった。 魔法の森の入り口に存在する店、香霖堂。 そこを訪れた客に、店の名物は何かと問えば、皆が口をそろえてこう言った。 それは、いつ見ても仲睦まじい銀髪と金髪の夫婦である、と 了 前の話へ おまけ